photo-1514923995763-768e52f5af87_1080.jpg 活動へのご支援をお願いします。 photo-1495653797063-114787b77b23_1080.jpg ひとりで悩まず、お声かけください。 機関紙「J-BREATH 」 「J-BREATH 」第122号 2022/10/27発行 img20220809111242763953.png 2022 COPD啓発ラング・ウォークは10月29日開催

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患者さんインタビュー

 J-BREATHでは慢性呼吸器疾患患者さんの在宅での療養生活をご紹介しています。疾患も環境もそして家族構成も違う中で、在宅酸素療法などを行いながら、どのように病気と向き合って日常生活を送られているか、様々な工夫を凝らして、明るく前向きに暮らしている患者さん達のインタビュー記事をご紹介します。是非、一人でも多くの方に読んでいただき、思いを共有していただけますと幸いです。

患者さんインタビュー

 J-BREATHでは慢性呼吸器疾患患者さんの在宅での療養生活をご紹介しています。疾患も環境もそして家族構成も違う中で、在宅酸素療法などを行いながら、どのように病気と向き合って日常生活を送られているか、様々な工夫を凝らして、明るく前向きに暮らしている患者さん達のインタビュー記事をご紹介します。是非、一人でも多くの方に読んでいただき、思いを共有していただけますと幸いです。


 J-BREATH第104号 2019年10月号掲載

患者さん同士で話をしたり、
講師を招いて勉強したりできる会を作れたら

 

山口あけみさん(山形市)


 山口あけみさん(61歳・取材時2019年)は山形市内、山形大学付属病院にほど近い一軒家にお住まいです。病名は気管支喘息とCOPD。酸素の処方量は平常時、労作時、睡眠時とも毎分4リットルです。また、睡眠時にはマスク式人工呼吸器(NPPV)の一種「ASV」を使っています。ASVは患者の呼吸を学習し、その呼吸パターンに同調して滑らかに圧力を供給する機能を持つ陽圧換気装置です。

 
自覚症状を感じたのはいつ頃で、どんな様子でしたか?
 2012年頃、のどが痛く、かかりつけの耳鼻科を受診したところ、「喘息」との診断でした。薬を処方されすぐに良くなったので、2回目の診察は受けなかった。それが良くなかったかもしれません。喘息というものに対する自覚がなかったことをいまさらながらに思っています。

医療機関に行こうと思ったときの症状とその後は?
 2013年頃、なんとなく息苦しさを感じ、少しゼイゼイ感もあったので、血圧の薬をもらっている内科を受診したところ、「これが喘息の発作です」言われ、すぐに点滴治療を受けました。その際、このような発作が、夜間に急に起きたら、近くの山形大学附属病院に急患で行くようにと言われました。
 その当時、夫は4日に一度の夜勤の仕事だったので、家に誰もいないときに発作が起きたら怖いと思い、次の日には山大病院を受診したところ、やはり喘息との診断でした。

その後は?
 私はリサイクルショップでパート勤務をしていました。バッグ担当で、古いバッグのほこりをエアーで取り除く仕事でした。職場は家から徒歩5分ほどの距離ですが、あるとき、3回ほど休まないと職場に着けず、入り口が2階でしたので、手すりにつかまりやっと上るという感じでした。今までにない感じだったので、タクシーで山大病院を受診しましたが、急患であることを告げなかったので、再診扱いになり、3時間ほども待っていましたが、たまたま主治医の先生が通りかかり、声をかけていただき、すぐに内科処置室につれていかれ、点滴処置となりました。でも治まらず、そのまま入院となりました。
 それからは発作が起こるたびに入院になり、ほぼ毎月2~3週間の入院という状態が1年ほど続きました。
 
病名を告げられ医師から説明を受けた時の心境は?
 がっかりし、気落ちもしましたが、一方で、発作時には病院にかかる道ができたようで安心もしました。
 
病気についての説明に、理解・納得できましたか?
 最初のころは検査がとても多く大変でした。いろいろな検査の結果、喘息と診断されたわけですが、どのような説明だったのか、ちゃんと理解できたのか、ということについては本当のところ記憶がありません。
 やはり喘息なのか、と落胆はしました。ただ、先ほども言ったように、発作が夜間に起きても病院への「道」はできたことに安堵した記憶があります。
 
精神的に落ち込んだことはありましたか?
 入院を繰り返していたころは、病気がどんどんと進み、頭がついていかなかった。病気に対する知識も十分でないまま、あれよあれよという間に在宅酸素が始まりました。
 特に、在宅酸素になったことのショックが大きかった。入院中、DVDを見せられたのですが、イラストが、とても落ち込んだガリガリの患者さん姿なのです。それを見て、こんなふうになってしまうんだ、と悲しくなり、涙が止まらなかったことを思い出します。
 入院中の呼吸器科の病室は肺がんの患者さんが多く、私だけがCOPDでした。他の患者さんは肺がんなのに、明るく元気に過ごしていて、そんな姿を見てまた落ち込んでいました。
 皆さんがあんなにがんばっているのだから自分もがんばらねば、と思うのですが、夜になると涙が出てきてしまっていました。
 精神科の受診をすすめられ、一度だけ診察を受け、薬は内科の先生から出してもらうことになりましたが、安定剤の多さに驚くとともに、しばらく服薬していましたが、薬をのむと体がだるくなり、辛かったので、服薬をやめました。

在宅酸素の開始時期は?
 HOTは2014年11月からです。NPPV(夜間のみ)は翌15年の9月から。
 
 
在宅酸素療法を始めてよかったと思ったことはありますか?
 体は楽になりました。だいぶ楽に行動できるようになったことを記憶しています。ただ、外での歩き方や、外出用カートの使い方・扱い方などを理解するのにかなり時間がかかりました。
 私の場合、歩き方の方法を書いた紙を渡されたのではなく、1対1で歩き方の指導を受けられたのでよかったと思います。自分だけでは歩き方がわからず、歩きすぎていたきらいがあります。指導を受けたこともあって、次第にわかってきました。
 HOTに加えNPPVを使ったことにより、入院回数がだいぶ減ったように思います(この1年くらいでは、ファセンラという新薬の注射を受けたことも大きく関係していると思います。これまで4回注射を受けましたが、その後体に合わなくなって、「ディピクセント」という注射に変わりました)。
 また、「慢性閉塞性肺疾患」という病名で特定疾病に認定され、障害者手帳を申請することになりました。
 在宅酸素療法で医療費は、薬代を含め月に3~4万円になり、経済的負担の大変さを訴え続けていました。まだ50代前半だったこともあり、先生から障害者年金の受給を勧められ、1回目は認定されませんでしたが、年金センターの方が記入方法などを詳しく教えてくれて、2度目で2級が認定されました。2ヵ月で13万円になるのでだいぶ助かりました。
 ただ、その後NPPVの導入で薬を含めた医療費が月に7~8万円にはねあがりました。3割負担ではとても大変でした。当然、1級になるものと思っていたのですが、簡単にはいかず、恥ずかしながら、何度か申請してよくやく1級にしていただきました。
 病気のこともさることながら、医療費の負担のことで頭がいっぱいでしたので、経済的負担が減ったことはかなり気持ちを落ち着かせてくれました。1級が認められ、6分間歩行などの検査も1万4000円の負担で済むようになり、薬が8~9000円なので、合計2万3000~2万4000円となり、金銭的不安はなくなりました。
 そのおかげで、家事援助と通院援助が受けられるようになりました。廊下、階段、ふろ場、トイレなどを週に1回掃除してもらっています。通院も、2週間に1回車椅子に同行してもらっています。身体に対する負担が軽減し、入院することも少なくなっていきました。
 一般的に、地方では身体障害者になるのは恥ずかしいという風潮があると思います。それに加え、いろいろなサービスを受けるたびに、またお金がかかるのではないかと躊躇していましたが、知人に「大丈夫だから」と半ば無理やり勧められて、踏み込むことができました。知人には感謝しています。パルスオキシメーター、ネブライザーの1割負担での購入など、いろいろなサービスが受けられています。患者自身が声を上げていかないと、先生方もなかなか踏み込めない。勇気を出して声を上げるべきだと思っています。
 
喫煙歴は?
 10年くらい前まではチェーンスモーカーでした。先だけ吸って、消して、また火をつけてという感じで、1日80本くらい。実質的には30本くらいでしょうか。
 
病気と診断されて、家族の反応とか協力は?
 具合が悪い時は、家族が皆優しくしてくれ、気を使ってくれます。
 
運動は大切ですが、何か指導を受けていますか?
 週に1回、1時間くらい「訪問呼吸リハビリ」を受けています。担当者は作業療法士(?)です。プログラムは、バイタルチェック、呼吸介助、胸郭可動域運動などの状態観察からはじまって、全身的な軽体操(持久力向上運動歩行など)、四肢のストレッチ(マッサージ)が中心で、その他段差の上り下り、ベッドの下り方などの動作練習などです。家の中の環境の調整も教えていただいています。
 そのなかでも、呼吸介助やマッサージはよい感じです。自分に合っている気がします。在宅酸素や呼吸リハビリを受けていることで元気になることができたような気がします。
 
どの様な運動をしておられますか?
 特にしていません。散歩も、何かと怖いのでしません。ただ、掃除以外の家事はしていますし、買いものは楽しみの一つなので週に何度かは行きます。はじめのころは、夫といっしょに買い物に行くときなど、相手に合わせて歩こうとして大変でしたが、歩く速さを抑え、自分のペース・自分の呼吸に合わせることで楽に歩けるようになりました。
 
生活の中で特に気を配っていることは?
 強い臭い・香りには気をつけています。芳香剤や香水などですが、臭いが不快という以上に、胸に閉塞感を感じてしまいます。外出先でも問題なので、出かけるのには不安感があります。
 食べ物については、なんでも食べますので、特に気を使ってはいません。
 療養生活としては、処方された薬をきちんと服用することでしょうか。一度、ステロイド薬をのみ忘れた際、異常なだるさに襲われたことがあります。ただ、薬には全然合わないものもあります。先ほどふれた安定剤もそうですが、ノイロトロピンという薬ではアナフィラキシーショックのような症状になったことがあります。医師に症状を正しく伝えることも大事だと思います。
 
病気発症時と比べて、現在の気持ちに変化はありますか?
 体調が回復して、強い発作も起こさなくなったので、いろいろなことに前向きになれてきています。できる範囲でのことですが、やってみたいことがいろいろあります。
 また、外出用酸素ボンベのカバーやカートをショッキングピンク色にしたことで、テンションも上がり、化粧などもなおざりになっていましたが、化粧やネイリングなどオシャレにも気が向くようになりました。家族や周囲の人からも驚かれているくらいです。
 
旅行など、楽しみな計画は?
 先日、コスプレをして写真を撮りました!(写真)。
 それと、思っているだけですが、いろいろ行ってみたい、してみたいことはたくさんあります。相撲観戦、ドーム球場での野球観戦、富士山をより近くで見てみたい、などです。
 どこに行っても酸素業者さんが手配してくださるので、きっとできるだろうと思います。
 
 
療養生活で困ったこと、将来不安に思う事、医療者に対して要望などありますか?
 私たちには、洋服、特にズボンの脱ぎ着が大変です。洋服を買いに行って、試着するときなど椅子があればと思うことがあります。スーパーでの買い物も同じで、ところどころに椅子を置いてくれればありがたいです。
 医療従事者に対しては、私たちの病気や症状が、普通の看護師さんには正しく伝わらない、理解してもらえないことが問題です。呼吸器専門の医師の方でもない限り、辛さをわかってもらえません。入院中、何度訴えてもそのまま放っておかれたことが度々です。呼吸器の病気に詳しい専門看護師さんもいると聞いていますので、そうした看護師さんが増えてくれることを願っています。
 
この病気に対する国の対応(医療・福祉)には満足していますか?
 私自身は障害者年金を受給できていることもあって、大変満足しています。
 ただ、同じ病気の人たちのなかには、障害年金の制度や公的なサービスのことをまったく知らない人も多くいます。そうしたものがあるということも知らないのです。国や自治体は、どこかで広報するだけで、患者一人一人に教えてくれたりはしませんから。
 また、呼吸リハビリ、在宅リハビリなども同じです。医療従事者のなかにも知らない人が多いくらいです。
 私自身も障害者のための制度や公的サービスのことは初め知りませんでしたが、それを受けて前向きになれたように、広く知ってもらいたいと思うようになりました。
 患者会という大げさなものではなくとも、患者さんが集まって、お話しをしたり、講師を招いて勉強会をしたりできる会を作ることができればと思っておりますので、J-BREATHのみなさんのご協力をいただければ幸いです。