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J-BREATH 連載講座

講師:木田 厚瑞先生 

 呼吸ケアクリニック東京 臨床呼吸器疾患研究所 医療法人至心医療会 理事長


J-BREATH第81号 2015年12月号掲載

第13回 なぜ酸素療法が必要なのか

 

はじめに

 
 前回は、1775年、プリストリーにより酸素が発見され、初めて医療に使われ(1885年)、1922年に肺炎など高度の酸素不足の病気に使われるようになったことをお話ししました。ニューヨーク州立大学のバラック教授がコロラド大学のペティ教授に酸素を持って歩く治療のアイデアを話し、これがヒントになり1960年代になりようやく、今日の在宅酸素療法の原型に近い形が出来上がりました。
 現在、酸素は薬と同じように取り扱われています。街の量販店には、安い酸素発生装置が売られ、また酸素バーがあったり、鍼灸治療院の中にも酸素を吸わせるところがあり、酸素の取り扱いは分かりにくい誤解の多いものになっています。治療として酸素吸入を用いるときは医師の指示で行われ、在宅酸素療法も処方箋で開始されています。酸素は人間をはじめ全ての動植物に必須のものであり、つねに私たちの身の周りを覆っているが治療として使うときには医薬品であり、「薬」です。今から240年前に発見された酸素は、極めて身近なところにあるのにいまだに分からないところが多い不思議な「薬」です。また薬ですから足りなければ治療にならないし、あり過ぎればときには危険ということになります。
 本号では、酸素について分かっていることから話を始めたいと思います。
 

酸素療法とは何か

 
 酸素は生きているもの全てのいのちを維持してゆく上で不可欠の「分子」です。動脈を流れる血液中の酸素の濃度が低くなると、体を構成している全ての臓器に酸素が行かなくなりその結果、臓器を構成している細胞に酸素が行かなくなり細胞が死に、そのために臓器が働かなくなり、生命が失われます。足りなくなった分の酸素を補い、細胞を生かし、これにより臓器が働きいのちが維持されるようにするのが酸素療法です。酸素が足りないときにもっとも早く被害を受けるのは脳です。これについては後述します。
 臓器に酸素を行き渡らせるのは全身をくまなく流れる血液であり、血液の中のヘモグロビンが直接の酸素の運び屋です。ヘモグロビンと酸素は結びつき、血液を流れています。この血液をポンプ作用で押し出しているのが心臓です。ヘモグロビンが少なくなった貧血では酸素と結びつくものが減っていることになり、心臓の機能が低下した心不全ではポンプ作用がうまくいかず血液が運ばれません。これはいずれも酸素が足りない原因になります。臓器に酸素が行き渡っているかどうかは動脈血の酸素の濃度(分圧と呼ぶ)、貧血がないかどうかのヘモグロビン量、心臓のポンプ作用、すなわち心不全がないかどうかの三つが関わっているということです。臓器に酸素が行き渡っているかどうかは、酸素の分圧、貧血があったり、心臓の機能が低下した心不全があれば酸素飽和度が保たれていても酸素がうまく行き渡らない心配があります。酸素療法を行うときには、これらのデータを参考にしながら判断することになります。
 

酸素飽和濃度とは何か

 
 ヘモグロビンの何%が酸素に結合しているのかを示すのが酸素飽和度です。
 


 酸素分圧は、動脈から採血し測定器で自動的にすぐに測ることができます。正確ですが痛みを伴い動脈の壁を傷つけることになり、あるいはその周りには細かな神経が走っておりこれをも傷つける可能性があるのでどうしても正確な値が必要な場合に限り行います。これに対し、酸素飽和度はパルス・オキシメーターを使って皮膚から(通常は指の先で)測定することができることはご承知の通りです。酸素飽和度は簡単に繰り返し測ることができ、また歩きながらでも測定ができるため、寝ている間の酸素欠乏や歩行や軽い運動でどのくらい酸素が低下しているかをみることができとても便利です。不便な点は、パルス・オキシメーターで測定した酸素飽和度(%)と実際の動脈血の中の酸素の濃度(分圧と呼びます)が、いつも「1対1」の関係になっていないことです。酸素分圧の値が足りているかどうかの判断で大切ですがパルス・オキシメーターで読み取る値には条件がついているということです。
 酸素飽和度と酸素分圧の関係はヘモグロビン酸素解離曲線で表されます。ヘモグロビン酸素解離曲線は、二つの関係を示したものです(図1)。このグラフは緩やかなS字になっています。S字の上の方が特に問題です。酸素分圧が40ー50mmHgよりも上の部分では変化が緩やかとなり、酸素飽和度が数パーセント違っても酸素分圧の方は大きく変わることになります。病気で低下しているかどうかを見るための使う頻度が高い酸素飽和度が%以上では、酸素の分圧の変化の幅が急激に大きくなります。医療保険で認められているHOTを開始してよい条件は、分圧が55mmHgで酸素飽和度は88%です。呼吸不全の定義は、60mmHgで90%です。酸素飽和度の2%の違いは分圧では5mmの変化となります。これはS字の上では下の方と異なりカーブが横に寝ているためにおこる現象です。治療がうまくいっているか、つまり酸素が足りているかどうかが問題になるのはほとんどがカーブの上の方の問題です。パルス・オキシメータでの測定では上の方では弱点があるということです。加えて、簡便ではあるが誤差も避けられないということもあります。
 

 

酸素不足で暮らす高知住民

 
 ジョン・ウェスト教授は、米国、サン・ジェゴで研究生活を続ける有名な呼吸生理学者です。宇宙船で過ごす人たちにどのような体調の変化が生ずるかを明らかにした研究で知られています。彼は高地で暮らす住民にどのような体調の変化がおこるかの研究でも知られています。高地になればなるほど酸素不足になる。高地での生活にどのように体が順応しているかは病気で酸素不足となった人たちの治療に役立つ可能性があります。
 現在、2,500メートル以上の高地で暮らす住民は1億4,000万人もいると言われています。富士山は、3,776メートルですがこれ以上の高地の都市で暮らす住民の数はかなりの数です。国別ではペルー、中国、ボリビアが多いことが分かります(表1)。海面では空気中の酸素濃度は約100mmHgですが高地になるにしたがい次第に酸素の濃度は低下していきます(図2)。この図をみると酸素吸入が必要となるぎりぎりのところで暮らしている人たちがかなりいることが分かります。また、急に酸素不足の高地に到着した場合と長く住み着いている人たちでは、酸素の濃度は長く住み着いている人たちでは少し高めになっていることが分かります。高地で生まれた人たちの肺はそれに合わせて成長するので肺の容積が少し大きめであり、肺胞の数も多いことが知られています。重症のCOPDでは肺の容積は引き伸ばされて少し大き目になります。おそらく酸素不足もゆっくり進むのであれば順応ということも考えられることでしょう。
 

 

在宅酸素療法の基準とは何か

 
 酸素療法の目的は、臓器が酸素不足になり働きが低下したり止まってしまうことがないようにすることです。酸素が十分、体中に行き渡ることで可能な限り全ての臓器の働きを良くし、快適な生活を送ることです。ここで注意しておかなければならないことは呼吸が苦しいから酸素療法が始められるのではなく、酸素が足りない状態のときに酸素療法を始めることになっている、ということです。酸素不足では呼吸が苦しくなる、ことが多いのですが、十分に足りていても呼吸が苦しくなることは健康な人でも急坂を走って上がる場合には普通に見られることです。呼吸が苦しいからといって酸素の流量を上げることは酸素療法の目的から外れていますし、必ずしも適切な解決方法とは言えません。人間には、本来、呼吸運動を正常に維持しているのを体で察知する〝酸素が足りているかどうかの機能〟が備わっています。不要に過剰な酸素吸入はこの察知能力を停止させ、呼吸運動を抑えてしまう危険があります。
 酸素療法には、体中の臓器にいきわたる酸素不足を改善して、酸素不足による息苦しさや、意識障害、不整脈などを治療する目的があります。繰り返しになりますが酸素療法はいのちを脅かすような酸素不足を改善し、各臓器ができるだけ正常に働くようにすることです。
 ふつうに呼吸している状態で動脈の中を流れる血液の酸素分圧が病気などで急に60mmHg未満となるようなときには急性呼吸不全と診断し、酸素吸入がすぐに始められます。
 COPDなど、慢性の病気で1ヵ月以上も酸素不足が続いている場合で酸素が不足し、同時に二酸化炭素が高い場合(45mmHg以上)には、原則として酸素分圧が55mmHg以下の場合に初めて酸素療法を始めることがあります。この場合、過剰の酸素投与がさらに二酸化炭素の分圧を高めてしまう危険があるからです。すなわち先にお話しした酸素が足りているかどうかの察知能力が低下することになり、これは酸素吸入を行うときにもっとも注意しなければならない点です。動脈血の二酸化炭素分圧が50mmHg以上になると頭痛が起きたり、集中力が低下したりするようなことが起こり、さらに進むと意識障害が起こることがあります。私が以前、診ていた患者さんは血液中の二酸化炭素が高くなると自分で分かると言います。新聞を読んでいるとき、見出しが異なる記事に目が移ると集中力が低下してそれ以上、読み続けることができなくなると言います。この人の趣味は将棋であり、譜面を見ながら自分で楽しんでいましたがこの場合でも飽きっぽくなるので自分で分かると言っていました。この人のように自覚症状で怪しいと分かるようになると診る側の医師にとっては大助かりです。早目に手が打てるからです。
 酸素不足は低酸素血症と呼ばれます。全身の臓器で酸素が足りなくなるわけですからこれによる症状が起こります。自覚症状では脳と心臓の酸素不足がさまざまな症状を引き起こします。判断力の低下、意識がもうろうとする、訳の分からないことを話す、不整脈脈が速くなる頻脈あるいは遅くなる徐脈、血圧が下がる、唇が青く見えるチアノーゼなどです。高齢者の場合に認知症として片付けられてしまうことがあり注意が必要です。
 重症で酸素が足りなくなり酸素吸入が必要な状況はさまざまな場合があります(表2)。
 

 

酸素療法の目標

 
 一般的にいえば酸素療法を行ったときの目標は、動脈血の酸素分圧が60mmHg以上、あるいはパルス・オキシメーターでの測定値が90%以上です。二酸化炭素の分圧が上がって来ないことが確認されていなければなりません。これは動脈血を採血して確認するのがもっとも確かです。私は日常の普通の生活の中でパルス・オキシメーターでの測定値が92%以上あることを目標にして治療することにしています。
 

酸素療法の方法

 
 酸素を吸入する器具は低流量用と高流量用があります。これは酸素療法を受ける患者さんが1回に息を吸ったり吐いたりする空気の量(1回換気量と呼びます)を超えた量の酸素量を送り込むかどうかで決めています。入院して最重症の場合に高流量用を使うことがありますが、在宅酸素療法の場合は低流量用を使います。毎日、使う器具ですから取り扱いに慣れることが大切です。チューブが鼻粘膜にあたると痛みがあるのでワセリンを塗る人がいますがこれはチューブを劣化させる原因となりますので注意して下さい。
 

 
酸素療法で使われる器具を表3に示しました。
 

在宅酸素療法の基準

 
 在宅酸素療法(HOT)は数ヵ月、数年間にわたる長期間、酸素療法を継続するものです。動脈血の酸素分圧が足りない状態が続いている場合に行いますが、必ずしもそうでない場合にも健康保険が使われて治療が行われる場合があります。
 表4に健康保険が使われる場合の在宅酸素療法の基準を示します。この中で、もっとも多くの患者さんが使っている場合が慢性呼吸不全と呼ばれる場合です。これは、普通に空気を吸った安静の状態で動脈血の中の酸素分圧が55mm以下の場合、あるいは60mm以下であり、睡眠時や運動負荷時(通常は6分間平地歩行テストで判断します)に酸素不足が強くなる場合であり、医師が必要と認めたときに行われます。この測定値はパルス・オキシメーターで測定した値でも良いことになっています。55mmHgが88%に相当することは先に述べた通りです。酸素不足、すなわち慢性呼吸不全を起こした病気が安定している場合に初めて自宅で治療を継続するHOTが始められることになります。
 HOTが健康保険を使って行われるには慢性呼吸不全が一番、多いのですが慢性呼吸不全でなくとも行われることがあります(表4)。「肺高血圧症」と「慢性心不全」の場合がそれにあたります。肺高血圧については稿を改めて述べることにしますが、簡便にできる診断方法として心臓の超音波検査があります。慢性心不全の簡便な診断方法として症状、身体の変化、胸部レントゲン写真が参考となります。血液の中のBNPの測定は決め手となる検査方法として大切です。「肺高血圧症」「慢性心不全」はいずれも階段や坂道を上る際に息切れが出て来ることが特徴となる症状です。
 

 

HOTの科学データの問題

 
 ペティ先生が、米国で最初にHOTがもっとも(効果的であると提唱した病気はCOPDです。重症のCOPDが原因で慢性呼吸不全となった患者さんにHOTを行った場合には行わない患者さんより長生きし、さらに12時間吸ったときより24時間吸ったほうが長生きするという成績が根拠となっていることは前号で紹介した通りです。
 貴重なデータですが、今から30年以上前のデータであり、その間にCOPDに対する薬などに長足の進歩があります。またこの研究は、70歳以下の患者さんが対象となていますが今では70歳以上が大多数を占めているという実態があり、現状に即したものとはいえないという大きな問題があります。さらにわが国でHOTを行っている患者さんのうちCOPDは40%余りに過ぎないという実態があります。他の60%は間質性肺炎や重症の気管支拡張症、肺がんの患者さんなど多様です。COPDとは全く異なる病気の方が多く使われるようになってきたのです。これらの病気でHOTがどのような効果をもたらすかについての科学データはきわめて少ないのが現状です。
 また、もともとのデータはどのくらい長生きしたかを比較したものでした。どのくらい長生きするかというより、どのくらい快適に生活できたかというデータが大切です。つまり、生活の質、QOLが比較されるべきですがこのデータも多くありません。最初のころはCOPDの患者さんにHOTを行ったときに治療効果がみられるのは血中の酸素分圧が正常に戻ることにより肺と心臓を結ぶ肺循環系への負担が減るためと説明されてきましたが、その後の研究でそれはわずかな影響に過ぎないことが判明しました。
 このようにHOTの効果を検証する科学的データは乏しいのが現状ですが、多くの患者さんが恩恵を受けているという実態があります。在宅酸素療法を始められた患者さんの多くが、ぐっすり眠ることができるようになった、息切れが楽になった、食欲が増して体重が増えた、安心して過ごせるようになった、と言います。
 ペティ先生が最初にHOTが有用であると提唱したのは、アラン・バラック教授に示唆されたようにHOTを使って活動性を高めることである、という原点には変わりはありません。そのためにはHOTを実施することがリハビリテーションであるという考え方に立つことが大切です。HOTを行い、在宅での生活は快適になりましたが寝たきりでの生活を長くするための治療法ではないということを分かっていただきたいと思います。