photo-1487956382158-bb926046304a_1080.jpg 2021年ラング・ウォークは10月16日開催されました photo-1514923995763-768e52f5af87_1080.jpg 活動へのご支援をお願いします。 photo-1495653797063-114787b77b23_1080.jpg ひとりで悩まず、お声かけください。 機関紙「J-BREATH 」 「J-BREATH 」第120号 2022/6/23発行 copd2021.jpg COPD啓発クイズの結果発表

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J-BREATH 連載講座

講師:木田 厚瑞先生 

 呼吸ケアクリニック東京 臨床呼吸器疾患研究所 医療法人至心医療会 理事長


J-BREATH第84号 2016年7月号掲載

第16回 どのようにして活動力を高めるか

 

病気で活動性が低下する

 
 どの患者さんも、人間は生まれたら死ぬことになっているのだから死ぬのは怖くない、怖いのは寝たきりになり、自分のことが自分ではどうにもできず家族や周囲に迷惑をかけることだと言います。私たち、医療者が目標としているのも無限のいのちを目指して治療しているわけではありません。将来、医学がうんと進んでも無限のいのちが可能な時代が来るとはとても思えません。いのちの長さを延ばす治療よりも快適に暮らせる時間、友人や家族と過ごせる時間をできるだけ延ばす、これが治療を続ける目標なのです。

 活動性が低下するとは、家から出られなくなり、やがて寝床から出られなくなる、これは寝たきりということです。身体の機能が低下し、不調となる(図1)。
 

 

 
 これを身体のコンディションが悪くなる、という言い方をします。呼吸器の病気を持つ人のコンディションがゆっくり低下し、悪くなるのは身体を構成する筋力の低下が原因となることが多いものです。つまり脱コンディション、英語の表現ではディコンディションと言います(図2)。こうなると呼吸が苦しくなり、坂道や階段をやっと上るようになります。友人との交流も少なくなり家族と一緒に出かけることも簡単にはできなくなります。気持ちは落ち込みます。この落ち込みがさらに病気を悪くさせます。自分ではヤケとなり、薬も指示された通りに使わなくなります。さらに病気は悪くなっていきます。ついには寝床から出られなくなります。COPDを含む多くの慢性の病気では活動度が低下すると認知症が進むことが指摘されています。COPDの患者さんに認知症が多いことが最近の研究論文に見られています。
 

 

身体をもう一度、調整するリコンディション

 
 ディコンディションとは反対にコンディションを元に戻すことをリコンディションと呼びます。呼吸リハビリテーションとは言葉をかえれば酸素吸入を行うことはこのリコンディションを進めることなのです。リコンディションには酸素が効果的です。これを正しく理解していなければ「酸素を吸うような末期になった」というふうに悲観的に考えてしまいます。
 COPDを例とすれば治療を行う目的は息切れを軽くして活動度を高めることです。この考え方は全ての慢性の呼吸器の病気に共通する治療の目的であるといえます。呼吸が楽にできるようになり、外出の機会も増えるようにする。友人や家族と遊びに出かけ、軽い仕事が一緒にできるようになれば精神的にも安定することでしょう。病気で落ち込むことも少なくなり、病気と向かい合って自分の力で生きようとできるようになります。不思議ですが軽く汗をかくような仕事や散歩でも元気が出てくるものです。一人で病気のことだけを思い、悩んでいては解決しません。身体の活動性を高めること。これと精神的な安定性は同じ方向に向かうかのようです。
 

ペティ先生の闘病

 
 ペティ先生が酸素吸入を勧めたのはこのような思いがあったからでした。実はペティ先生自身が原因不明の肺高血圧症という病気になり、酸素を吸う生活をおくっていました。友人が働いていた米国の有名病院、メーヨ・クリニックで心臓の手術を行い入院したこともあります。数日間の入院の後、友人のルイーズ・ネットさんが運転する車でロチェスターからデンバーの自宅までを酸素を吸いながらドライブで帰ったこともありました。癌の治療もあり、文字通り自分自身が満身創痍の中で他の患者さんたちを励まし続けていました。決して診る立場の人が診られる立場の人を励ますというのはなくて、先生自身が患者の立場で一緒にもがく生活を続けていました。先生は釣りが大好きでしたから酸素を持って健康なときと同じように生活を楽しんでいました。その中でリハビリテーションの大切さを格別、実感されたようです。医療、医学に対する先生の考え方は理論を重視するのはなく実践を最優先事項としていました。先生が亡くなられたときニューヨーク・タイムズは、「20世紀最大の呼吸器医師の死」の見出しで追悼記事を掲載したことをカザブリ先生が教えてくれました。
 カザブリ教授は、ハーバーUCLA(大学)で呼吸リハビリテ―ションの理論と実践に取り組んでいる研究者で日本にも数回、訪れ各地で講演しています。
 

米国型の呼吸リハビリテーション

 
 リハビリテーションは、19世紀の終わりごろにすでに注目されていた治療法でした。その中で呼吸リハビリテーションが初めて実施されたのは北欧で小児麻痺が蔓延し、たくさんの子供たちが呼吸困難に陥り、その治療法として開始されたのが始まりです。スウェーデンでは子供たちのいのちを救うために国策として人工呼吸器(生命維持装置)の開発を進めました。サーボ人工呼吸器はそのようにして作られ現在に至っている機械です。生命維持装置の開発と並行して呼吸リハビリテーションの医療が発展してきたという歴史は知っておく必要があります。ペティ先生が進めた研究もこの流れに沿うものであったからです。
 医療先進国の米国で呼吸リハビリテーションがどのように学問的な立場を基礎に進歩してきたかは興味深いテーマです。1970年代、すでに全米の各地で呼吸リハビリテーションが行われていました。自分たちで独自の工夫をした医療を掲げ、これは自分にあっているというものを患者さんに自分で選択してもらう。この考え方は開拓時代の米国から21世紀のいままで連綿として続いているような気がします。自由な発想で患者さんの希望や目的に合ったものを探す。多様で多彩な内容を含むものがすべて呼吸リハビリテーションと呼ばれていました。しかし医療保険を使うためにはどうしても内容を定義する必要があります。その定義は時代ごとに学会が提案しています。定義という枠をはめ込むことでレベルを保とうとする。学会が積極的に関わっているのは科学的根拠を確かなものにしておきたいということからです。定義づけとその中に含まれる科学的な根拠をつねに明らかにしていこうとする研究者や臨床医の集団からなる学会、患者さんたちは自分の判断で納得できるものを選びます。
 わが国では最初に「官」が枠組みを決め、その中で自由にやりなさいという許可を与える。枠組みの中に多様なものが溢れてくれば少し基準を緩めて動きやすくする。つまり規制緩和ということですが、日米において規制と緩和の考え方は大きく異なっているような気がします。
 

肺結核後遺症のリハビリテーション

 
 わが国で在宅酸素療法に健康保険が使えるようになった1985年ごろの時代には肺結核後遺症の人がたくさんいました。このような患者さんでは結核は治っているのですが二次的に気管支拡張症をおこして痰が多く苦しんでいました。その頃は普段から痰が多い人や少しの坂道でも息切れを感ずる人をたくさん診ていました。結核の病巣がそれ以上は広がらないように肋骨を切り呼吸により肺が中で動かないよう胸郭成形術という治療を受けていた人もたくさんいました。この人たちもリハビリテーションを受けていたのですが、排痰訓練や腹式呼吸がその中心でした。
 日常の生活では「歩く」という行動が楽に行われなければ行動範囲が広がるわけがありません。私は、たくさんの患者さんがマットレスに横たわり腹式呼吸の練習をしている風景を見てなんとなく違和感を覚えていました。ペティ先生が主張する呼吸リハビリテーションとは明らかに違っているからです。その頃にはCOPDの患者さんで呼吸リハビリテーションを行っている患者さんはほとんどいなかったからです。また、近年、私たちが診ているCOPDの患者さんも痰が多くて苦しんでいるという人を診る機会は少なくなってきました。病気の種類は時代の経過とともに明らかに変わってきていると思います。
 

包括的呼吸リハビリテーションに取り組む

 
 1994年、環境庁(当時)の外郭団体、公害健康被害補償予防協会から研究テーマの公募がありました。私は、わが国の呼吸リハビリテーションが米国やカナダで行われている様式と著しく異なり、また効果を上げていないことから「欧米型呼吸リハビリテーション」をわが国に導入したい、そのために必要な研究を進めたいと応募したところ運よく採択となりました。
 研究を開始するにあたって、担当の責任者との面接があり、特別の希望がありますかと尋ねられました。私は、欧米の呼吸リハビリテーションがどのように行われているのかをこの目で直接、見たいと頼んだところ視察費用を認めますという、思ってもいなかった結果になりました。頂いた費用は3人分の旅費でしたが格安航空料金を利用、計11人の研究者全員が見学に出かけ節約に節約を重ねた海外旅行でした。見学場所は、ペティ先生のお弟子の先生が関わっているところを選びました。
 こうして私たちはわが国に合った「包括的呼吸リハビリテーション」の開発に取り組むことになりました。
 

セント・ヘレナ病院

 
 1995年1月25日のことでした。最初に訪問したのが、米国、サンフランシスコの近くのワイン製造地として有名なナパ・ヴァリーにあるセント・ヘレナ病院です。この年の1月17日に阪神淡路大震災が起こりました。その直後の訪問であったため、地震被害者の人たちのリハビリテーションを行うために見学に来たと、はやとちりした地元新聞社の取材を受けたこともありました。
 この病院の院長はジョン・ホジキン先生でした。周囲にブドウ畑が広がる高台にあるこの病院では、たくさんのCOPDの患者さんが運動療法を行っているところでした。寝た状態で腹式呼吸の練習をしている人は誰もいません。トレッドミルを使ったり自転車エルゴを使ったり、みんな汗びっしょりで運動をしている姿が印象的でした。私たちはホジキン先生から呼吸リハビリテーションの考え方について講義を受け、基本的な考え方を学びました。
 後日談になりますがホジキン先生に東京に来て戴き、講演してもらいました。また、ホジキン先生が編集された英語版単行書、「呼吸リハビリテーション:成功のためのガイドライン」(第3版)が2000年に出版されましたが、この本の中で私はわが国の呼吸リハビリテーションの現状と課題を執筆しました。国内で呼吸器の病気の治療に力を入れている大きな病院を対象としてアンケート調査をし、わが国の呼吸リハビリテーションに共通する問題点を解析し、将来像を提言し米国胸部学会で発表したことがありました。その結果を論文としてまとめてほしいと言われたからです。その中で、私は欧米で行われているような呼吸リハビリテーションを直輸入する形で取り入れたとしても日本人の患者さんには受け入れられないので日本型の呼吸リハビリテーションを組み立てる必要性を提言しました。
 

リットル・カンパニー・メリー病院

 
 次に私たちは、ロサンゼルスにあるハーバーUCLA(大学)で先にお話しした呼吸生理学の研究者、カザブリ先生、一緒に組んで呼吸リハビリテーションを進めているリットル・カンパニー・メリー病院を訪ねました。ここは、看護部長のメリー・バーンズさんが主導で呼吸リハビリテーションを進めていました。丁度、その日には長期酸素療法を行っている患者さんが集まるクラスが開かれていたので私たちもそこに加えていただきました。ここでは呼吸療法士の資格を持った人が数人の患者さんを前に講義をしていました。朝、起きてから夜寝るまでの全ての行動で息切れを感ずることが問題ですがその場面、場面を想定してこのときにはこうしなさい、この場合にはこうしなさいと生活に密着した指導をしていたことが印象的でした。息切れが強くなるような動作として、かがんでものを拾ったり、大きな荷物を運ぶときの注意を具体的に細かく教えていることは印象に残りました。運動もセント・ヘレナ病院で行われていたように汗をかくような強度の強いものを呼吸療法士がつききりで指導していました。
 ここでは患者さんに細かく日常生活の注意点を教えることもリハビリテーションの重要な項目となっていることを知りました。この病院の呼吸リハビリテーションは、内容が細やかで指導者の看護部長、メリー・バーンズさんの考え方が強く出ていることが特徴でした。重症のCOPDで在宅酸素療法を行っている患者たちがまるでスポーツ選手のような恰好をして運動をしている姿がとても驚きでした(図3、4)。中には酸素吸入しながら泳いでいる人もいました(図5)。
 

 
 

クワキニ病院

 
 次いで私たちは、ハワイにあるクワキニ病院を訪ねました。ここは日系人たちがお金を出し合って再建した新病院です。クリス・原さんという日系人の方が案内してくれました。ここには酸素の業者が病院の中に1室を持って酸素療法のサポートを行っていると言っていました。米国式の規制緩和策とは、このように診療現場が必要としており、病院側が賛同し、協力しながら病院運営の中に組み込んでいけるというのは素晴らしい発想です。日本では規則でじがらめで、とてもこのような形でのリハビリテーションはできないと思われます。また、在宅酸素療法をしているほぼ寝たきりに近い患者さん宅を訪問させてもらいました。老夫婦二人の静かな中での生活は印象に残りました。
 

チーム医療の考え方

 
 この視察旅行で得た情報は極めて貴重でした。基本となる考え方は共通しているが実際の運用は現場に委ねられている、質を上げるために病院スタッフは最大の努力をする、その質の高さを患者さんたちが自分たちで評価、判断して自分が受けたいという治療を自分で選択するというものです。つまり、呼吸のリハビリテーションの内容とは固定的で決まった形ではなく、それぞれの病院が工夫して独自の治療のプランを提案し、それに納得した患者さんたちが自分の判断で選択できるシステムであることが分かりました。その病院と言われるものは何か。病院という名称ではなく、そこに働く医療チームを構成するメンバーによる共同の医療であるということです。一人ひとりではなくチームとして大きく働く。このような考え方は現代の米国で行われている医療の特徴ともいえるものです。医療が一種の商品であり、その優劣を理解したうえで患者さんが自分の考えにもとづき自分で治療を選択するというものです。開拓時代を経ていまに至った米国式医療の典型的な形であるということもできます。
 しかし、国民皆保険のわが国は米国とは大きく異なっています。わが国では米国の良さのどの点を取り入れていき、どのような形にすべきだろうか。私は悩みました。もう一度、欧米から報告されている論文の多くを読み、考えついたのが「包括的呼吸リハビリテーション」です。最初は、欧米型呼吸リハビリテーションと名付けたのですが自虐的でもあり、包括的呼吸リハビリテーションと命名しました。リハビリテーションと多様な中身を含むものであり、一人ひとりの患者さんにもっとも適したものを行う治療がリハビリテーションの基本的な考えであることは米国での視察により学ぶことができました。
 これは私たちがこれから実践していくための作業仮説となるものでした。