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J-BREATH 連載講座

講師:木田 厚瑞先生 

 呼吸ケアクリニック東京 臨床呼吸器疾患研究所 医療法人至心医療会 理事長


J-BREATH第88号 2017年1月号掲載

第20回 快適で安心して毎日を過ごす

 

なぜ呼吸器の医師を選んだか


 私は、医師という職業に就いて今年で47年目になります。大学を卒業してからの年間は、臨床研修と基礎医学の勉強をしていました。呼吸器の専門医になりたいと思ったのはいくつかの理由があります。
 基礎医学では、大学院生としてラットを使い間質性肺炎のモデル実験をしていました。テーマは自分で選んだのではなく、恩師のいわば思いつきで、君はこの難病でもやってみるか、というような言い方で研究を勧められたことを覚えています。間質性肺炎はいまでも治療が難しい病気の一つですが当時は診断方法さえも確立されていない時代でした。その中で研修医時代の後期に担当した一人の患者さんこそが私の背中を押してくれ、呼吸器を選ばせる決定的な理由となりました。
 その患者さんは、当時、35歳。能登半島の山奥から金沢大学付属病院に入院してきました。胸部のレントゲン写真では典型的な間質性肺炎であり、高度の酸素不足の状態です。
 不思議なことに日本人なのに白人のように青い眼であり、髪はやや茶褐色で、肌の色は色白なのです。重い肺炎を併発しており、数日間、私も病院に泊まりこみで治療したが残念ながら亡くなられた。当時、周囲には呼吸器内科の専門医は誰もおらず、研修医の私と講師をしていた上司の判断で治療しました。講師の専門は白血病などの血液病であり、研修医であった私の目から見てもあまり相談相手にはならない。昼ごろ病棟から呼ばれて駆けつけると、部屋の直ぐ前にある廊下の長椅子には、5歳と9歳の男の子が心配そうな面持ちで腰かけています。5歳の方は、足がつかないのでぶらぶらさせていました。患者さんの最期の言葉は、「この子たちを残していま、死ぬわけにはいかない」という叫び声でした。
 病気をはっきりさせて欲しいというご家族の希望もあって病理解剖をすることになりました。肺は全体が硬くなっており最末期の間質性肺炎でした。そこに重症の細菌性肺炎が合併していました。
 病理解剖の結果を母親と妻に説明し、二人とも納得し、ありがとうございました、お世話になりました、とお礼を言われたのですが、私自身は、色素が抜けた状態と、間質性肺炎が何か関係がありそうだという疑問は続いたままでした。また、その病気の患者さんを思い出すと、最期の言葉と二人の男の子が心配そうに長椅子に座っていた光景が浮かんできます。幼い方が足をぶらぶらさせていた光景は、今でも目に焼きついています。そうか、君は呼吸器の専門医になりたいのか、それじゃ上京してどこかで学んで、またこちらへ戻って来なさい、これも思いつきに近い上司の教授の意見でした。
 

ハーマンスキー・パドラック症候群

 
 間質性肺炎でアルビニズム(白子症)を伴う病気が〝ハーマンスキー・パドラック症候群〟という発見者の名前がついた難しい病気だと分かったのはそれから20年余りしてからでした。20年余り経った昨年(2016年)10月、米国から発表された論文でようやく納得がいきました。少し難しい話になりますが現在までに分かったことをご紹介します。
 ハーマンスキー・パドラック症候群は、常染色体で劣性遺伝をする遺伝性の病気です。
 その特徴は、光彩と皮膚から色素が抜けて目は青く、皮膚は白人のように白いこと、もともとは血液の病気として注目され出血を起こしやすいこと、大腸に病変を作りやすく、間質性肺炎を起こしやすいことです。
 極めて稀な病気ですが世界に50万人から100万人近くの患者さんがいること、その分布は日本、中国、英国、ヨーロッパ、米国など広い地域にわたっていること。ところが、プエルトリコという島の北西部には1,800人に一人の割合でみられ、世界中の患者さんの半数がこの地域にまとまって暮らしていること。患者さんの平均寿命は~歳であり、現時点でも治癒させる有効な治療法がないこと、が報告されています。
 1959年に、ハーマンスキー、パドラックという二人の医師がチェコで発見し、二人の患者さんの特徴を最初に報告したことが書かれています。前述のように遺伝的な病気であり、現在までに9種類の遺伝子についての異常が知られています。どの遺伝子の異常が、どのように特徴があり、どのように重症となるかについても予測がつくようになりました。どのような機序で起こるかについてもはっきりしてきました。細胞の中にあるオートファジーと呼ぶ機能が障害されその結果、細胞の中に異常な物質が次第に蓄積して発症することも分かりました。大隅教授は、このオートファジーという不思議な現象を発見し、2016年のノーベル医学生理学賞を受賞しました。恐らく、将来は、この異常を治す治療法が発見されることでしょう。
 多くの病気の中には、医学の進歩により、はっきりと治せる病気と、依然として手探り状態の病気までの幅広い範囲に分布しています。はっきりと治せる病気は標準的な治療によって治さなければならない、これは医師としての職業的な義務といえるものでしょう。しかし、現時点ではまだどうにも治療ができない病気も多数あります。そうであっても症状を和らげ、進行を予防することができる病気は少なくありません。それを見分けるのも実は医師の大切な仕事ですが、あまりうまくいっていないことを実感します。
 

病気になっても生活を崩さない

 
 病院は、戦後になりアメリカ式の先端医療が行われるようになりわが国でも定着しました。それまでは、患者さんを病院に呼びよせるのではなく、往診カバンを持った医師が訪問して歩いたのです。私は幼い時は、しょっちゅう、カゼをひき、高熱を出すことがありました。今でも感覚を覚えていますが高熱が出ると岩穴に閉じ込められたような怖い夢をみたことを思い出します。夜中でもスクーターに乗って往診してくれるちょび髭の先生は顔をみるたびにほっとさせる医師でした。
 わが国では明治維新を迎えるまでは西洋医学との接点はとぼしく、独自のスタイルの医療が実施されてきました。開国により紆余曲折の末にドイツ医学の採用が決まります。当時、科学のトップがドイツであったことから考えるとこの選択は当然と言えるものでした。夏目漱石が大量の吐血で修善寺の旅館に2ヵ月近く、絶対安静の生活をおくったのちに、帰京して入院による病院医療を受けたといわれますが、入院できる患者は一部の富裕層だけであり大多数が在宅で治療を受けざるを得ませんでした。漱石の友人であった子規は、脊椎カリエスで気が狂いそうな疼痛の中で往診医を頼み、母と妹が臨終まで自宅で看病していました。当時の在宅医療はこれが標準であり、限界でもありました。わが国では戦後、全ての人たちが医療保険を持ち、公平に病院で医療が受けられるようになりました。つい最近まで年老いて入院した人はそれこそ死ぬまで病院に入院していました。ところが、医療費がかかり過ぎ、お金をかけた割には治療で患者さんたちが必ずしも快適になっていないことから見直しが進んでいきます。
 

地域で治療を受ける

 
 わが国では1960〜80年ごろまでは高度経済成長時代であり労働生産力が大きく、これに対して小さい社会保障費で対応ができました。
 総人口は2004年にピークを迎えたあと、緩やかに減少していきます。歳以上の人口は今後、2025年までの10年間は急速に増加しますが2030年ごろから急速には伸びなくなると予測されています。85歳以上の人口はその後の10年程度は増加が続くと予測されています。
一人当たりの医療費を見ると45〜49歳では年間平均15.8万円ですが、高齢化と共に増加し、80〜84歳では84.4万円に達します。自己負担+保険料の個人負担は若い年齢層では28.6万円であるのに対し、後者では24.2万円と逆転しています(平成25年度)。若い世代が高齢者世代を支える形になっています。
 高齢者の死亡場所は昭和50年を境に自宅での死亡から病院死に転じてきました。昭和26年には病院での死亡は9.1%に対し、在宅での死亡は82.5%でした。これが平成25年は前者が75.6に対し、後者は12.9%となり逆転しました。入院で寝込むと体力が低下し、自宅で療養できる人は3%に対し、できないと答える患者さんが24%に達しています。できないと答えた人の理由は入浴や食事などの介護サービスや家族の協力が問題でした。
 

高齢者医療の問題

 
「地域包括ケアシステム」という新しい医療制度が進められています。住み慣れた地域で暮らす高齢者が安心して自立した日常生活を営むことができるように、必要な医療や介護を整えるシステムです。その中で地域の「かかりつけ医」は重要な役割を担います。ここでいう「かかりつけ医」とは、「なんでも相談できる上、最新の医療事情を熟知して、必要な時には専門医、専門医療機関を紹介でき、身近で頼りになる地域医療、保健、福祉を担う総合的な能力を有している医師」と定義されています。ここでは命を延ばすことを最大の役割とみなした従来型の病院完結型医療から、住み慣れた自宅で快適な生活を重視した地域完結型医療への転換が求められています。わが国の医療は、従来、大学付属病院や地域の基幹病院で臨床にたずさわってきた医師が開業医となりかかりつけ医となるのが通例でした。地域完結型医療の成否は、かかりつけ医が、それまでの病院完結型医療に携わった経験をどのように発揮できるかにかかっていると言えます。
 

自宅でケガをしない

 
 救急車で病院に運び込まれるような病気の悪化は怖いのですが、ケガは在宅で起こるもっとも危険な出来事です。転んで大ケガをする、それまでは元気な生活であったのに生活は一転します
 高齢者が転倒する原因は大きく二つに分かれます。
 第1が身体に問題がある場合です。これに含まれる原因には次のようなものがあります。
 

  • 急にめまいや意識が遠くなるようなことがある。
  • 夜中に徘徊するようなことがある。
  • 足の筋力が落ちてきた。
  • 視力の障害があり、足元がよく見えない。
  • 酔っ払って倒れた。
  • 薬のせいで足元がもつれる。

 
 このうち、薬で転びやすくなるのが問題です。転びやすくなる薬には、睡眠薬があります。高齢者では不眠を訴える人が多く、睡眠薬を処方してほしいという希望を聞くたびに危ない薬だから気をつけてほしいと注意します。特に転倒する事故が多いのが夜明けです。睡眠薬がまだ切れておらずふらふらした状態でトイレに行き転倒し、骨折するのです。精神安定剤やカゼ薬も同じ理由で危ない薬にはいっています。
 第2は、身体の問題ではなく、環境となる住まいの構造にこそ問題がある場合です。家の中で転んで大ケガをすることがあります。
 

  • フローリングの床が表面がすべりやすくなっている場合。特に寒い季節に靴下を履いて行動する場合などです。物を運んでいて手がふさがっている場合がよけいに危険です。
  • 逆に目の粗いじゅうたんで靴下がひっかかる場合があり、やはり転倒の原因となります。
  • ほころびのあるカーペットに足がひっかかり転倒して足を骨折した人を診たことがあります。
  • 固定していない障害物。飾りのつもりで置いた家具にふれ、転倒することがあります。
  • 家財道具の不備や欠陥。脳梗塞で入院し、退院するときに家をリフォームして使いやすいようにしてからの退院にしてほしい、という希望を聞くことがしばしばあります。リフォームして使いやすくなったはずの自宅は手すりをつけたり階段の段差を変えたりすることで多少は便利になるのですが、家財道具のでっぱりがあり、やはり不便さを残している場合がほとんどです。また、残念ながらリフォームした家に長く住み続けたという患者さんをほとんど診たことがありません。結局、リフォームした家に数ヵ月しか住めなかったということが多いのです。病気になってからのリフォームではなく、なる前の段階でのリフォームが良さそうです。
  • 足下が暗くよく見えず、転倒の原因となることがあります。
  • 戸口の踏み段も危ない場所です。


 高齢になり慢性の病気を持ちながら、元気で暮らしている患者さんをたくさん、診ています。慢性の病気が急に悪くなる、「急性増悪」も怖いのですが、これは予防でき、早期の受診や治療で良くなる可能性が高いのですが、ケガは一瞬にしてあなたの生活の全てを変えてしまう危険があります。住み慣れた自宅でのケガは、とても残念な出来事です。安全な生活となるよう工夫してほしいと思います。
 

転倒しやすくなる病気

 
 病気のために転倒しやすくなり、大ケガをすることが少なくありません。
 

  • 脳に起こる病気
    • 脳梗塞など脳血管の病気。認知症が進んで来た場合、認知症死という病名はありません。認知症では他の病気が死亡原因となることが多いのです。先に述べたように不眠症で睡眠薬を飲む高齢者が多いのですが薬の作用が覚めきらないうちの転倒が多いことを忘れないで下さい。
  • 感覚が鈍くなっている
    • 典型的には糖尿病が進み、足がしびれやすくなっている場合です。呼吸器の病気の治療で使われる吸入薬の副作用で足が攣りやすくなる場合があります。攣ったあとも痛みが残る場合があります。聴力が低下して聴こえにくくなっている場合、白内障などで足下が見えにくくなっている場合、高齢で平衡感覚が低下して転びやすくなってきている場合も要注意です。
  • 循環器の病気
    • 高齢者で多い病気に起立性低血圧があります。立ち上がったとたんに頭がボーッとする患者さんを診ることがあります。急に立ち上がった時の血圧が急低下し、時には失神するような病気です。高血圧の薬が効き過ぎのことが多いのですが、服薬がない場合にも起こることがあり、治療に苦慮します。ケガをしないようできるだけ注意してもらうことにしています。不整脈が急におこり、ときには失神するようなこともあります。
  • 筋肉や骨の病気
    • 慢性の病気で歩かない生活を続けていると下肢の筋力が低下していきます。栄養状態が悪くなっているとこれに拍車をかけます。最近ではサルコペニアと呼ばれていますが、これは高齢者が転倒してケガをする大きな原因となっています。重症のCOPDの患者さんに私は毎日の歩行を勧めています。在宅酸素療法を行っている患者さんでは最低、1日に5,000歩は歩いて下さいと説明しています。ボンベを持ってのゆっくりした歩行では2時間くらいかかることが分かりました。とにかく歩いて下さい、食べて下さい、筋力をアップしましょう、外来受診のたびにくどいほど説明することにしています。

 

転倒リスクをどのように知るか

 
 高齢者にみられる転倒リスクを評価する方法があります。次の表1がそれです。
 

 

肺炎を防ごう

 
 わが国で1950年から約50年間の死因の調査をしたものが図1です。癌による死亡が増え続けていますが並行して増えてきているのが肺炎です。近年のデータでは肺炎は死因の第位になっています。1970〜80年代にかけて肺炎による死亡は年ごとに減りましたが、年代の半ばから増え続け、ついに第3位になってしまいました。毎年、約12万人が肺炎で死亡していますがその年齢分布を見たのが図2です。75歳以降、急に増え、さらに年をとるにつれ急速に増えています。高齢人口が急速に増え、それと共に肺炎による死亡数が増えています。
 

 

高齢者の肺炎

 
 ウィリアム・オスラー(1849ー1919)は内科学の祖として尊敬されている人です。カナダ、米国、英国の3ヵ国で近代の内科学を築いた医師として知られています。彼の主著、『医学の原理と実際』(1892年)はいまでも医学、医療の基盤を示す古典の一つとして知られています。その初版で、彼は「肺炎は老人にとって最大の敵であり、医学の発展でこれを打ち負かさなければならない」、と書きます。最初の抗生物質である、ペニシリンが使われたのは1945年ですが、人間が肺炎を治癒させることができたのはこれ以降のことです。ところが1896年の第2版で、肺炎は老人にとって安らかな死をもたらすクロロホルムであると肺炎の治療を断念する書き方で終わっています。そして彼自身が亡くなった原因も肺炎によるものでした。
 それから100年あまり経ち、今では肺炎は抗生物質で治せる病気になりました。にもかかわらず高齢者にとってはいまでも肺炎こそが最大の敵である状況は変わらないのです。強い抗生物質で肺炎を起こす細菌を撲滅し、体の方は自分の回復力で元に戻ろうとします。高齢者では栄養状態が悪くなり、免疫能が低下するため、自分の力で元に戻ることができなくなります。他方、細菌の方も次々に出てくる新しい抗生物質でも容易に撲滅できないような抵抗力をつけていくので、戦いを必ずしも有利に導くことができないのです。
 

高齢者の肺炎の三つのタイプ

 
 高齢者に多い肺炎は、三つのタイプに分けられます。その一つが、「市中肺炎」と呼ばれているもので、元気で自宅で暮らしている高齢者がカゼをこじらせ肺炎になる場合です。二つ目は、がんや心臓病など重い病気で入院している高齢者が入院中に肺炎を併発する場合で、「院内肺炎」と呼ばれています。三つ目は、食事をするときによくむせて誤嚥する患者さんにみられる「誤嚥性肺炎」です。食事のカスだけではなく、気管支の内面に菌が繁殖し、これが次第に上流から下流に広がっていくように肺炎が広がっていきます。予防には上流をきれいに保つことが必要で、下流に広がった肺炎は、院内肺炎と同じ理屈で悪化していきます。
 

口腔ケアの大切さ

 
 食事をしたあと、いつも口の中をきれいに保つことは、「口腔ケア」と呼ばれ、肺炎予防でもっとも大切なことです。虫歯の治療も口腔ケアでは大切な事柄です。
 

肺炎予防のワクチン

 
 市中肺炎を起こす細菌の3割以上は肺炎球菌肺炎という菌によって起こります。不思議なことにこの比率はオスラーの頃と比べても減っても増えてもいないのです。
 肺炎球菌には、約90種以上が知られています。そのうちの頻度の高い23種に対するワクチンが、肺炎球菌のワクチンと呼ばれているものです。今では多くの自治体が65歳以降の5歳刻みで費用の一部を補助してくれるシステムとなっています。高齢者が肺炎にかかると医療保険から多額の費用を出さなければなりませんが、肺炎ワクチン接種にかかる費用の一部の補助をしてもなお安上がりと考えるからです。元気な人では、1回だけの接種で良いのですが、再接種は初回から5年経た希望者が自分の判断で再度、接種を受けてよいことになっています。以前は、厚労省の思い違いで、再接種が禁止されていたのが認められたということです。
 最近、13種をカバーする新しいワクチンの接種ができるようになりました。通常は、23種を接種した翌年に13種の接種を行い免疫能を高めるようにします。
 

在宅呼吸ケアの展望

 
 最近、オプジーボという高価な肺がん治療薬が話題になっています。1年間に3,500万円もの費用がかかるということですが、確実に命を延ばすことができるようになりました。以前は、肺がんは見つかったときがすでに手遅れで、治療法がないと言われた時代が長く続いています。今では、それこそ、昔なら末期といわれた肺がんが消えてしまうような治療に変わろうとしています。医学の進歩は急速で、それこそ、難問を皆で知恵を出し合って次々に解決していける時代になりました。このオプジーボは効く場合と効かない場合がはっきり分かれること、中には深刻な副作用があり、かえって苦しむ場合があることが分かってきました。
 在宅での医療にも新しい治療法が持ち込まれて来る日は必ず来ることでしょう。在宅酸素療法が、患者さんたちの強い願いで実現してきたように、患者さん方の強い願いこそが新しい医療を可能にしてくれるのです。希望を持ちましょう。諦めてはなりません。
 
 本号で今回の連載は終了します。なるべく多くを伝えたいと心にあせる気持ちがあり、結果として、かえって、お分かりになりにくいところも数多くあったこととお詫びいたします。
 長い間、ご愛読いただきましてありがとうございました。感謝申し上げます。

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